栃の木会について
設立にあたって

社会福祉法人設立にあたって

関湊氏の写真 会福祉法人 関 記念 栃の木会の設立にあたって、『関 湊』元獨協学園理事長は、獨協大学、獨協医科大学、獨協医科大学病院、姫路獨協大学、獨協高等学校をそれぞれ設立し、その経営に携わり病気をかかえる人たちの救済に力を尽くしてきましたが、入院患者以上に救済を要するさまざまな問題を抱えている高齢者が多数いる事に気がつきました。


に当時の看護職員は独身者が多く、また家族の中にも身体的・精神的理由から常時介護を必要とする高齢者が増えていることがありました。しかしながら核家族化、社会構造の変化等により自宅において常時介護を求めることは、極めて困難な情勢となっております。


回、このような高齢者を目のあたりにして「弱者には優しく接し、その気持ちを福祉という形で表したい」と社会福祉に並々ならぬ情熱と崇高な理想を抱かれ、特別養護老人ホームを設置したいと考えました。また、獨協で定年を迎えられた医師や看護師が引き続き専門的な経験や知識を活かせる場を、更に医学生や看護学生が福祉教育を学べる研修施設を、この獨協の地に創りたいと考えました。私財を投げうち「お年寄りの方々が毎日を安らかに過ごせるような楽園があったら」という夢を実現するべく、関 元理事長を設立発起人代表に、石崎達氏(獨協医科大学医学部教授)、佐藤勇氏(獨協医科大学事務局次長)、荒川三男氏(壬生町助役)、児玉一夫氏(税務署吏員・税理士)、を設立発起人会のメンバーに加え結成いたしました。


た、獨協学園、壬生町、地域住民を中心に多大なるご協力により、昭和五十八年四月に開催致しました第一回設立発起人会において基本構想を承認、その後数次にわたる設立発起人会において検討が加えられ、順調な進展をみておりましたところ、昭和五十九年九月十四日、関理事長が病の為、急逝するという予期せぬ事態が起こりました。この為、すでに提出の法人設立認可申請書を一時取り下げる事となるなど、その成り行きが心配されておりましたが、ご遺族からも、関 湊理事長の遺志を継承して、是非とも当初の計画通り実現願いたいとの強いご要望をいただき、ご遺族代表を発起人にお迎えし、また後任の発起人会代表として獨協医科大学より佐藤勇氏を選出するなど、設立発起人会を再編いたしました。その後昭和五十九年十二月十五日に再度認可申請書を提出、昭和六十年三月二十七日に認可を頂きました。


の後、社会福祉法人栃の木会の第一号の施設として特別養護老人ホームしもつけ荘が設置され、そして施設長に獨協医科大学アレルギー内科教授で地元出身の石崎達氏が就任されました。その建設にあたっては関 湊理事長の御遺産をはじめ、獨協医科大学より土地の提供等、多方面からの多大なるご協力を賜り、昭和六十年十月一日に完成致しました。


 湊理事長の長年の夢の結晶でありながら、先生は完成を前に天寿をまっとうされましたが、生への感謝としての社会福祉、ご夫妻が黙々と重ねてこられたその心は、ここに永遠に脈を打ち続けております。
  社会福祉法人栃の木会は、初代理事長として佐藤勇氏(獨協医科大学事務局次長)、第二代目 北村顕(元獨協医科大学事務局長)理事長、第三代目 緒方昭夫(元獨協学園理事長)を経て、現在、関 湊理事長のご遺族の一人である、長女の関 裕子理事長が遺志を継承し運営にあたっております。


記念 栃の木会は、獨協医科大学を設立した『関 湊』元獨協学園理事長が設立を希望していた施設でありますが、当初の志を半ばにして急逝されましたが、その遺志を現在まで引き継ぎ、獨協医科大学の職員と家族が今日まで引き継いでおります。

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